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  • 2009.02.19 Thursday
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T2Pから9年、二人の今

2001年11月13日、私はその頃つきあっていた彼女とT2Pというウルティモ・ドラゴンが手がけた新しい団体の旗揚げ戦を見に行った。
私と彼女が北側の客席で開始を待っていた頃、前の席に座っていた私と同年代くらいの若い男たちのグループがリングの周りで会場設営の手伝いをしていた若手レスラーに声をかけた。
若手レスラーは声をかけてきた男たちを見ると途端に顔をほころばせ、「何、来てくれたの?」「今日あと誰が来てるの?」と親しげに話していた。
おそらく私の前に座っていた男たちと若手レスラーは友人で、晴れの日を迎えた仲間の門出を祝福するために会場へ来たのだろう。
若手レスラーは第一試合のリングに上がった。
名前を近藤修司といった。


2009年2月6日、丸藤正道とカズ・ハヤシの世界ジュニア選手権を見るために、私は一人で後楽園ホールに行った。
会場で試合前に流されるVTRで、"brother"YASSHIが前回の大会で休業宣言をして、今日でファイナルマッチだということを知った。
前回大会でリングを離れることを表明したブラザーは最後の相手に近藤修司を指名した。
T2Pでデビューした二人はT2P解散、闘龍門ジャパン合流、離脱、全日本への転身とブードゥーマーダーズ加入、ドラゴンドアおよびエルドラドの設立、そして離脱と10年近く行動を共にした。
二人の道が初めて分かれたのは去年11月、近藤の全日本入団だった。
ブラザーは入団しなかった。
もしかしたらできなかったのかもしれない。
ずっとコンビを組んできた二人は初めて対角線に立つことになった。
けれど今思えばあの時点でブラザーはもうリングから離れることを全日本側に伝えていたのかもしれない。

2001年にデビューした"brother"YASSHIは不細工なレスラーだった。
背は低く、ドレッドの髪型が目立つ頭はデカく、技はこれといって映えなかった。
レゲエかラップかわからないが黒人音楽を強烈に後追いした早口のマイクは聞きづらく、見ている我々の神経を逆撫でした。
やがて彼はその生理的な嫌悪感を悪役として発揮することに成功したが、そこに至ってなお彼は技を受け続けるレスラーであって、華やかな位置とはほど遠かった。
彼の口癖「カス野郎」はやがて彼自身の代名詞となる。
どんな若手であっても大物レスラーであっても彼はひたすら唾を飛ばして連呼した。
「このカス野郎、カス野郎」
けどあの言葉はもしかしたら自分自身に向けていたのかもしれない。
こんなしょっぱいレスラーになりやがって、こんなカスっちいポジションでとどまりやがって、と。

近藤とのファイナルマッチ。
先にブラザーが入場する。
フードをかぶったまま、マイクを持って自分でライムを踏みながら入場する。
呪文のように、機関銃のように一方的にしゃべり続けた彼がリングサイドまで来てライムをとめると、フッとフードを脱いだ。
その瞬間、会場の空気がフワッと変わり、ものすごい「ヤッシー!」という叫び声が会場を埋め尽くした。
あんなに華がなくてあんなにどうしようもなかった"brother"YASSHIは、いつのまにか立派な華を身にまとっていた。

試合前のVTRで「いつもといっしょ」と語った近藤はブラザーの後から淡々と入場した。
しかし、彼はゴングの直前まで顔をブラザーに向けようとしなかった。
全然いつもといっしょじゃない。嘘の下手な奴だ。

試合は、ブラザーが一生懸命だったように思う。
ずっと見ていたはずなのに記憶が薄い。
ただフィニッシュに行く直前の近藤の力を込めた表情と、今生の恨みでもこもっているかのような、本当にブラザーが死ぬんじゃないかと思ったぐらい力の入った最後のラリアットに、二人の友情を見た気がした。
本当に心を許せる相手だからこそ、あそこまで力を入れて他人を殴れるんじゃないか、そんなことを考えた。
勝ち名乗りをあげてさっさとリングを後にする近藤の目は泣いていた。
彼はこれから全日本を代表する選手になる。
一方、ブラザーはこれでリングを後にする。
もしかしたらもう一度リングに上がることがあるかもしれないが、とりあえずは後にする。
同じところからスタートして常に隣にいたはずの二人は気がつくと大きく道が広がっていた。

T2Pにはいろんな選手がいた。
エースのミラノコレクションATは闘龍門ジャパンの後継団体・ドラゴンゲートを退団し、アメリカで武者修行を重ねた末、今は新日本にいる。
2007年にはベスト・オブ・スーパー・ジュニア初出場初優勝という快挙を達成した。
吉野正人、アンソニー・W・森、岩佐卓典、セカンド土井らはドラゴンゲートの第一線にいる。
今のドラゲーは実質彼らが引っ張っている。
大鷲透はフリーとしてあちこちのリングに上がる。
T2Pで怪物的な存在だった彼はすっかりその怪物キャラをひっぺがされ「見た目は怖いが人のいい透ちゃん」という素のままの自分を表現している。
大鷲とともに期待された小川内淳は引退してリングアナウンサーになった。
旗揚げ戦の第一試合で近藤修司と闘った八木隆行はレフリーに転身した。
ストロングスタイルを模索していた三島来夢は退団し健介オフィスで再デビューした後、首の負傷で引退した。
大柳二等兵はすぐに消えてしまったと思ったら、2006年に本名に戻してエルドラドで再デビューした。自分より後に入ったはずの後輩たちを「先輩」と立てながら、再びプロレスの道を模索している。

旗揚げ戦で一番下にいた近藤はT2P出身者の中で一番の出世頭になった。
考えたら近藤はSUWAの引退試合でも介錯を務めた。
近藤はたぶん、いま上しか見ていない。
顔を上に向けていないと消えて行った仲間、追い抜いた仲間、進むべき道が別れた仲間たちのことばかり考えて動けなくなってしまうんではないか。
ブラザーのラストマッチから2試合後、世界タッグの挑戦を鈴木みのるにアピールする近藤修司を見てそんなことを考えていた。

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