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  • 2009.02.19 Thursday
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今夜の勝利を1999年の彼に 〜大日本5.4桂スタジオ大会観戦記



 シャドウWXのタイトル挑戦が見たくて大日本の埼玉・桂スタジオ大会へ。

 桂スタジオ、草加と越谷と八潮の境目にあたる国道沿いにあった。
 なんとはなしに郊外の匂い。
 まあ、倉庫だよね。普段は。
 試合開始1時間前には特リンの当日券を買えたが、開始10分前には全席完売していた。やるね。

 中に入ると意外に狭かった。新木場1stリングがちょっと広くなったかな、程度。
 大日本のビッグマッチというと、新川崎小倉陸橋下特設リングのイメージがあるのだが、どっちが入るのだろう。
 新川崎は開発で今は使えなくなってしまったらしいが、やっぱり大日といえば屋外だよね。

 前座で目についたこと。

・第一試合の若手、両方知らなかったがちゃんと身体ができてて有望そうな新人だった。

・谷口、痩せたな。

・NOSAWAとMAZADAが新人の今井君を“TOSAKA”として連れて来るが、いまいち不発。

・頭頂部だけ禿げあがった長髪になぜか裸足、右手には布団たたき。
 ネクロブッチャーの意味の分からない狂いっぷりは確かに面白い。
 面倒くさいことはやらない。デスマッチなんか適当ぐらいで丁度いい。こりゃポンドより上だ。

・場外に放り出されたアブドーラ小林、私の目の前にあったイスをつかみ、持ちあげようとしたところでなぜか私と目が合ってしまい、そしたら「…新品だからやめとこう」と戻していた。コスト管理は重要だ。

・セミファイナルに抜粋の星野勘九郎、ナイトメアとかグレプロといったどインディーばっか出てるのでどうかと思ったら意外にそこそこ出来ていた。フィニッシュのランニングセントーン(ヒップドロップ?)をもうちょっと磨けばもっと出来るレスラーになれるのでは。

 とはいえ、今はそこそこ出来るレスラーでも一つの団体で食っていくのは難しいかもしれない。
 この頃はたいがいのインディー団体がツアーを行わず、月に一回くらい都内の小会場で大会を打つ。
“団体”と“プロモーション”と“○○自主興行”の区別がほとんどない。
 そうするとメジャーに出られない選手はそういった小さな大会を次々ハシゴして出てないと生活も苦しくなってしまう。
 当然、出場団体を選んでいる余裕もなくなる。
 するとまた、雇う側もそういう事情を見越してギャラを買い叩くことが出てくるだろう。
 ワーキングプアレスラーの誕生である。

 昔に比べて、今はレスラーとしてリングに立つだけの夢なら圧倒的にチャンスが広がった。
 しかし、逆にレスラーとしてプロレスのギャラだけで食べていくのが至難になりつつある。
 それは表現するだけなら飛躍的に機会が増えたものの、それで食べていくのは極めて難しいブログの世界と相通ずるものがあるなと、井上勝正のへだらなタイガース―プレックスに肩を3つつけさせる星野を見て思った。


○メインイベント BJWデスマッチヘビー級選手権試合 蛍光灯ボード&凶器持込デスマッチ  伊東竜二vsシャドウWX

 私にとって最高のプロレス団体とは「1999年の大日本プロレス」に他ならない。
 ミスター・ポーゴ、松永光弘、中牧昭二、ターザン後藤といった「第一期インディーオールスター」が大挙して団体を去りもう終わりかなと思われた1998年後半の大日本プロレスは、必要に迫られて、というより「どうせダメならと」とヤケクソ的に若手を全面に打ち出す施策を取った。
 そうしてプッシュされたのが山川竜司、本間朋晃、そしてシャドウWXの「デスマッチ新世代」である。
 上からのしかかっていたつっかえがとれた彼らは「動けるデスマッチ、レスリングの中に凶器を織り込むデスマッチ」というまったく新しいスタイルを作りだした。
 後楽園で、札幌テイセンホールで、新川崎小倉陸橋下特設リングで、彼らはわずかな支援者との間だけに永遠に残る伝説的な試合を積み重ねていった。

 しかし、この「デスマッチ新世代」の三人が誰も見たことのないようなデスマッチで鎬を削ったのはわずかに1年だけ。
 翌2000年になるとFMWとの団体対抗戦がスタート、さらにアメリカ・CZWとの長きにわたる抗争も始まり、新世代同士の対決は一時ストップする。
 その間にシャドウWXは後楽園であわや大惨事となるような火災事故を起こし、謹慎の意味も込めて第一線から降ろされる。
 そして翌年、新世代の旗手・本間朋晃が突如として大日本を退団、さらには山川竜司が試合中の事故で頭がい骨骨折という重傷を負う。
 山川はその年の年末に感動的な復帰戦を挙げるがケガの後遺症もあってついに往時の勢いは取り戻せず、そしてCZWが撤退していった。
「新世代」のうち一人残されたWXもかつての勢いは取り戻せぬまま、大日本は暗黒期とも呼べる暗い時代に入る。
が、そこで沸々と胎動していたのが若き日の伊東竜二であった。

 あれから6年。

 今や伊東は誰もが認めるデスマッチの第一人者になった。
 デスマッチの準備係だった若手の一人は「デスマッチアーティスト」と呼ばれるようになっていた。
 WXは、黙って前座を務め続けた。
 ある日は外人に叩きのめされ、ある日はお笑いの試合に入って失笑を買い、ある日は若手の踏み台にされた。
 そんな彼が昨年、団体のプッシュを受け続ける若手の宮本裕向に対して呈した苦言。
「おまえそんなんでイイ気になるなよ」
 あれは本音だったんではないだろうか。
 決してまたメインのストーリーラインに絡みたいとかそういう我執の欲から来る自己顕示ではなく、そんな浅いレベルのプロレスで満足してたら直に苦しくなるぞ、というその道の先輩からのアドバイスであったような気がしてならない。
 ところが宮本が過敏に反応したことで、この組み合わせはそのままリングへと転化した。
 派手なバンプこそ多く客席を沸かせるものの、展開と攻撃にメリハリのつけられない宮本に対しWXは積み重ねた10年のキャリアからくる攻撃のインパクトと巧みな試合展開を見せ、終わってみれば観客はずっと秘められてきたWXの強さを再確認することになった。
 思えば、あの時宮本が反応しなければ、WXはいまだに第二試合に出ていたのかもしれない。

 先に入場するWXのセコンドに山川竜司と本間朋晃が来たら卒倒してまうな、と思ってたがさすがに来なかった。
 代わりにセコンドについたのは、恩讐を超え今はWXをサポートする側に回った宮本。
 WXは久々の顔面ペイント。“あの頃”を思い出す。
 対する伊東はいつも通り、蛍光灯の束を抱えての入場。

 序盤、伊東が試合を優勢に進める。
 手数で上回り、壁際の机にWXを寝かせると桂スタジオの壁をよじ登り、6メートルほどの高さの段からボディプレス。
 落下してから相手に命中するまでにゆっくり「1、2」と数えられるくらい、伊東の落ちてくる時間は長かった。
 伊東の身体はWXもろとも、下の机までペシャンコにした。
 伊東はすぐに雄たけびとともに立ち上がる。
 あれだけの危険な技を出してなお、ケガをしない。伊東もWXもプロである。

 リングに戻ってからは蛍光灯の波状攻撃。
 束で殴る、Tシャツに入れて腹を蹴る、後頭部に載せてカカト落とし、そしてボディスプラッシュ…。
 しかしWX、必至に返す。
 ラリアット、蛍光灯ボードへのパワーボム、ブレーンバスターで反撃。

 そして伊東が再度反攻を開始してまもなく、試合が山場を迎える。
壁際に設置した大型の足場をリングサイドに移動し、4メートルほどの高さの段からのドラゴンスプラッシュ。
 ものすごい飛距離。落下。衝撃。

 間違いなく決まった、という大技をWXが息も絶え絶えになりつつ肩を上げる。
 場内は興奮の坩堝。
 もう一発を狙って再び足場に登る伊東、そこで蘇生して伊東を追ったWX。足場を登る。

 脳裏に甦る1999年の川崎体育館。
 あの日、若かりしシャドウWXは山川竜司を二階席からパワーボムで投げた。
 その何ヶ月後には、札幌テイセンで本間朋晃を二階席の通路から投げた。
 蘇るか伝説。

 しかしWXが選んだのはパワーボムではなく、ブレーンバスターだった。
 空中に放り出される伊東とWX。
 どちらが技を仕掛けたとか、どちらがやられたとか関係ない。
 両者ともに腰と背中にひどいダメージを負っているはず。
 桂スタジオに轟く「伊東!」「シャドウ!」の割れんばかりの大歓声。

 あの頃、確かに”デスマッチ新世代”はすごいデスマッチをしていた。
 けれど客席はまばらだった。
 プロレスに明け暮れるしかない、俺たちのようなバカだけが小さくとも偉大なる歴史の目撃者だった。

 今はこれだけ熱心なファンがいる。
 そしてそのファンを作ったのは、伊東であり、佐々木貴であり、沼澤邪鬼だ。

 どうするWX?
 それでもお前は伊東に勝てるのか?

 WXがヨロヨロと立ち上がる。
 伊東に背を向け、リングサイドへ歩を進める。
 セコンドの宮本がペットボトルを渡す。
 WXがペットボトルを開け、中の液体を口に含んだ。
 ガソリンの匂いが桂スタジオに充満した。
 ビッグファイヤー!

 しかし、伊東にファイヤーは届かなかった。
 これがブランクというヤツだろうか?
 とはいえ、伊東は依然フラフラだ。
 WXが伊東の首根っこをつかみ、蛍光灯ボードへ垂直落下ブレーンバスター。すさまじい破裂音と白煙。
 しかしカウントは2。
 もうどうなるのかまったくわからない。
 再度、WXが伊東の首根っこをつかむ。
 旋回式のブレーンバスター。
 伊東の足はもう上がらなかった。
 その瞬間、今夜一番の大歓声が桂スタジオを包んだ。

 やったねWX。
 やっちゃったねWX。
 時計の針を戻しちまった以上、足踏みは許されない。
 過去と同じことは、もう今はできない。
「新世代」と呼ばれた男も酸いも甘いも噛み分けて、今は38歳。
 誰も見たことのない世界を、今は誰よりも俺が見たい。
 あんたのファンだったという記憶自体を、俺はずっと忘れていたよ。
 呼び覚ましてくれてありがとう。
 あんたのファンでいさせてくれてありがとう。

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  • 2009.02.19 Thursday
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  • 23:59
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コメント
くだらないブログだなあ
  • 2008/09/15 1:32 AM
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