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  • 2009.02.19 Thursday
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リングサイド プロレスから見えるアメリカ文化の真実

副題だけ見るといかにも町山智弘あたりが書きそうな軽いコラムっぽいが、原題が"A History of Professional Wrestling in America"というだけあって内容は重厚な歴史書である。

レスリングというものがいかにして誕生し、現代にまで連なっているのかが記されてある。

レスリングの発祥から話は始まるので、前半部分は「1890年、○○(地名)で××(人名)と△△(人名)が闘い〜」といった教科書的な記述が続く。
まったく知らない人名が次から次へと登場してくると、読書のモチベーションは低下するのだということを改めて知る。

とはいえ本書で明かされる歴史的事実はどれもみな興味深い。
たとえば第一次大戦前後にはタッグマッチの誕生、プロモーターという職種の誕生、そしてシュートからワークへ、という現代のプロレスの根本をなすものがほとんどこの時代に作られている。
同時に二度に渡る大戦、メディアの発達といったアメリカ社会の変化がいかにプロレスに影響を与え、同時にアメリカ社会の縮図を内包して表現されるのがプロレスである、といった両者のインタラクティブな関係についても著者は重点を置いて書いている。
日本のプロレスに関する記述はほとんど出てこない。
せいぜいグレート東郷に代表される「蔑視される対象としての日本人ヒールレスラー」の存在と、WWEのハードコア路線の陰にはECWがあり、その背景には大仁田厚のFMWがあった、という程度。
また、アメリカ国内でのキャッチレスリングの発展とヨーロッパプロレスの関係、隣国メキシコのルチャ・リブレが与えた影響などについても触れられてはいない。
このあたり「世界はアメリカだけで回っている」というアメリカーナな思想が著者にも及んでいる、というのはうがち過ぎな見方だろうか。
しかしアメリカ国内に限定しているとはいえ、「プロレスの歴史」をここまで学術的にまとめた本は他にないだろう。
おおざっぱに言うと、アメリカにおけるプロレスの歴史はプロモーターの歴史である、というのがよくわかる一冊。

なお本文中には言葉の翻訳の仕方についておやっと思う箇所が多々あった。
おそらく原文では"wrestlimg"という言葉にしかなっていないものを、訳者がその都度「プロレス」「レスリング」という風に訳し分けていると思うのだが、「ここは“プロレス”じゃ変じゃないかな」という部分が何箇所かあった。
また、文中「ホールド」と出ているのは原文の"hold"をそのまま流用していると思われるが、これは「技」と訳すべきだろう。
レスラーが試合することを意味する「プレイする」も「ファイトする」「リングに上がる」などと訳してほしい。
原書のニュアンスを残すのも重要だが、読みにくければ意味がない。
たぶんプロレスに興味がない人が訳してるんだろうなあ、と思って訳者あとがきを読んだら案の定そうだった。
たいして興味もないんだから『最後にこの本をジャイアント馬場さんに捧ぐ』とかとってつけたように書くなよ。
きっと葉巻くわえたまま「そりゃどうも」としか言わないよ。

ちなみに日本では12〜13年前にベースボールマガジン社が発行した「日本のスポーツ史」というシリーズの中に「プロレス」というのがあったぐらいで、同様の本は発行されていない。
力道山と日本プロレスのことはロバート・ホワイティングの「東京アンダーグラウンド」にいろいろ細かいことが書いてあるが、その後の歴史も加えた本を誰かに書いてほしいものである。
まあ、誰が書いても揉めるから難しいんだろうけど。

四天王プロレスFILE 〜至高の闘いの全記録〜



四天王プロレスFILE 〜至高の闘いの全記録〜

週刊プロレス 別冊盛夏号
2008年 6月25日発売
A4変判
定価 1,000円
週刊プロレス
創刊25周年記念シリーズ(2)
CONTENTS★巻頭コラム 〜四天王とはなにか?〜
【ピックアップバウト】
<1>1993年 7月29日 三沢光晴vs川田利明
<2>1995年 1月19日 川田利明vs小橋建太
<3>1997年 1月20日 小橋建太vs三沢光晴
<4>1993年 6月 1日 川田利明&田上 明vs三沢光晴&小橋建太
【四天王インタビュー】
★三沢光晴 「プロレスをダメにしたとは思っていない」
★川田利明 「充実感のバブル時代だった」
★田上 明 「3人に後れをとりたくなかった」
★小橋建太 「絶対プロレスにたどりつくための7年間」
<インタビュー後記>
★三沢光晴編 〔市瀬英俊〕
★川田利明編 〔鈴木 健〕
★田上 明編 〔鶴田倉朗〕
★小橋建太編 〔宮尾健史〕
<四天王語録>
三沢語録/川田語録/田上語録/小橋語録
【特別インタビュー】
★秋山 準
★和田京平
★若林健治アナウンサー
★丸藤正道&KENTA
★スティーブ・ウイリアムス
【食らいついた男たち】
(1)渕 正信
(2)菊地 毅
(3)浅子 覚
(4)本田多聞
(5)井上雅央/志賀賢太郎/泉田純至
(6)大森隆男
【外から見た四天王】
(1)蝶野正洋
(2)高山善廣
【四天王史】
★1993年 ★1994年 ★1995年 ★1996年 ★1997年 ★1998年 ★1999年 ★2000年
★“四天王”厳選フォトグラフ
★四天王前夜を振り返る
★ガイジン四天王との早分かり星取り表
★ババさんのコトバ
★若林アナウンサー実況語録
★ファンが選ぶベストマッチ!
★四天王記録集 〔1993年 5月〜2000年 6月〕
★四天王記録あれこれ



久しぶりに週プロ関係の本を買う。
しかし最近「週プロ25年回顧録」とかそんなんばっかだな。売れないんだな。

「四天王プロレスのベストバウトは?」とファンにアンケートをとったところ93年7月29日の三沢vs川田戦が一位だった、という結果に少し驚く。
絶対97〜98年あたりにやってた三沢vs小橋のどれかだと思ってた。
で、言われて初めて気が付いたがその93年7月の三沢vs川田戦は「川田が三沢の敵に回って初めての対決」だったそうな。
あの試合での終盤の三沢の投げっぱなしジャーマン3連発こそがいわゆる「四天王プロレス」の幕開けだった、そんなことが書かれている。
言われてみればどれもみなうなずける。
あの試合で「三沢vs川田」というブランドが生まれたというのもあるだろうし。

しかしもう10年以上前の検証本なのに一冊通じてほとんど暴露話がない。
せいぜい三沢が「川田と小橋がやるときは、正直『小橋がんばれ』って思ってたよ」とかそんなことを言ってるぐらいで、そういう姿勢もいかにも全日本系というか、さすがだ。
田上なんか「もうみんな忘れちゃったなあ」とか言ってるし。

いまだ四天王プロレスが伝説として語られるのは、単に頭から落とす技の攻防が凄かったということより、「誰もやっていなかった、やれもしなかったプロレスのスタイルを始めた、作り上げた」という部分が大きいと思う。
いま丸藤やKENTAがやってる試合はある部分で当時の四天王プロレスをはるかに凌駕しているが、当時ほどのムーブメントにはなっていない。
これは単に「観客がその前に似たようなプロレスを見てきているから」という一点にすぎない。
鶴田vsニック・ボックウィンクルがメインだった頃に今のNOAHの試合をやったら大変なことになっている。

そうやって考えてくと、結局前に進むしかないんだと思う。
TAJIRIやTAKAがWWEのメリットを説いてクラシカルなスタイルへの懐古を目指しているが、無理じゃないかなあ。
四天王プロレスを突き進めて作ったのがたまたまクラシカルなものに近かった、なら上手くいくかもしれないけど、どうもやってること見てると「戻す」のが優先されてるようだし。
そう考えると結局先に進んでるのは「マッスル」しかない、って結論になっちゃうんだけど。

で、私個人の四天王プロレスベストバウトをひとつ選べといわれたら難しいんだけど、97年チャンピオンカーニバル決勝の三沢・川田・小橋の巴戦ではないかと。
当時ホントに「狂ってる」って思った。馬場が。
「馬場は選手にここまでやらせて、明らかに狂ってる」と恐ろしくなって帰途についた記憶がある。
もちろん馬場が指示してやらせてはいないんだろうけど、これはもう間に入って止めるべき危険領域だろ、という思いが消えなかった。
その意味でこの本に出てくる秋山準の「(四天王プロレスのスタイルは)やりたくなかったけど、やらざるをえなかった」という言葉は重い。

Gスピリッツ Vol.6 (DVD付き)

1月以来久々発売の「Gスピリッツ」今回で6号。
何にせよ休刊しなくてよかった。
原油高の影響で云々、と定価が1300円にまで値上がりしたことのエクスキューズが載ってたが、どうせもうこれ買ってるのはほとんどが30歳以上の「かつてのプロレス者」なんだから、もう開き直って「高級プロレス誌」ぐらいの姿勢でやったらどうですかね。
我々はプロレス雑誌界の「サライ」をめざします、みたいな。
そもそも毎回載ってるミステリオだのマスカラスだののマスク全種類公開はニーズがあるのか?
「ドクトル・ルチャがやってんだからしょうがないだろ!イヤなら『Gリング』読め!」と言われたら返す言葉もなく「こんな会社辞めてやる」と雪の札幌に飛び出すしかないわけですが。

で、今回の特集は『アントニオ猪木の「リアル」と「リアリティー」』。

なにより「プロローグ」と題されたまえがきのエッセイが素晴らしかった。
これ書いてるのはドクトル?
動かないタイムマシンをなんとか叩いて動かそうとするかの如く、戻れない過去への憧憬が見える名文だ。

TKに猪木vsペールワン戦を解説させるという企画は面白いが、TKじゃいろいろしがらみがあって言えないことも多いだろう。
まあ本当のテーマは「猪木は本当に強かった、と信じたい」だからいいんだろうけど。
猪木のテーマって、難しいよな。
もういろんな斬り口で斬られ過ぎちゃってるし。
新鮮な斬り口を探すのが難しい。

第二特集『ジャイアント馬場と学生プロレスの知られざる関係』って思わず「お?」ってなったんだけど、ようはMEN'Sテイオーのロングインタビューだった。
テイオーが初めて新日本のリングに上がった94年の段階では明確に存在した学生プロレスに対する蔑視が消えてきたのがちょうどグレイシーが出てきてプロレスの地位が落ち始めた90年代後半というのが興味深かった。

今じゃDDTみたいに「学生プロレスからまずスカウトする」という団体もあるし、「学生プロレス出身はお断り」なんて団体はないだろう。
若年人口が減っている一方で競技が多様化し、そこへ加えたプロレス自体のマイナー化も含めると、人材の確保はまったく難しい。
前田日明みたく「ドロップアウトした奴ら集まれ」という風になるのもわかる。
となると、ハッスルの「素人を適宜使えるように使い飽きられたら変える」というのも未来を見据えた選択かもしれん。アウトソーシング化といえなくもないし。
ただそうなると「プロレス」という言葉自体は残ってもその最大公約数的認識は、30年前のそれとまったく違ったものになっているだろう。

しかし「Gスピ」は毎号付録DVDがついてるが(今回は武藤全日本の数試合)、いっそのこと昔の映像にしてはどうだろう。
権利関係が難しいのかもしれんが、その方が需要がある気がする。

俺たち文化系プロレス DDT

プロレス以外の一般メディアでしばしば取り上げられ、ブログも書いてる高木三四郎はもう何冊か本を出してるイメージを勝手に持ってたが実はこれが初めての著作だった。
版元が「週プロ」のベースボールマガジン社でも永田裕志やウルティモ・ドラゴンの自伝を出した講談社でもなく、桜庭や天龍の本を出した東邦出版でも「Gスピリッツ」の辰巳出版でもなく、「QuickJapan」を発行するサブカル版元の悠・太田出版だったところに三四郎の歩んだ道程が垣間見える。

今読むとあの『スーパーフリー』と紙一重にも思えるイベントプロデューサー時代、広告代理店への就職口を閉ざしてまでレスラーを志した屋台村プロレスとの出会い、プロレス業界の末端でもがき続けたPWC、そして蛮行と非難されながらファンに審判を仰いで船出したDDTの10年、と話は綴られる。
プロレスマニア的に一番面白かったのは学生イベントプロデューサー時代〜PWCのあたりだろうか。
「失われた10年」と語られつつも妙な高揚感と根拠の無いアッパーな空気が支配していた時代の光と闇を三四郎は交互にくぐり続ける。
「胡散臭い人にたまらない魅力を感じる」と語る三四郎自身が胡散臭さの象徴である高野拳磁や鶴見五郎、NOSWA論外といったあたりに振り回されながらも彼自身はそういった「胡散臭さ」をあまり感じさせない、文化系=カルチャーな匂いのするレスラーとなったことは興味深い事実である。

DDTの歴史を振り返るにエポックメイキングな出来事だったのはポイズン澤田の「呪文」と「蛇界転生」だったように思う。
本文中でも触れられているが、後楽園ジオポリス大会というビッグマッチのエンディングで敗れたポイズンが自分の首を小脇に抱えたまま炎の中に消えていく映像を試合直後に流した、アレである。
時に2000年12月。
ミスター高橋の「流血の魔術、最強の演技」が出版され大変な騒動になるのはまだこの1年後のことである。
“プロレスとは100%事前の準備もなくその場で起こってるもの、結果は決まってないもの”というテーゼがまだ一般的だった時代にあの映像は極めて衝撃的だった。
同じ年の6月、橋本と小川の一連の抗争が橋本の完敗・引退という破天荒なエンディングで幕を閉じた約2ヵ月後、まだ不穏な空気がリングに残る新日本のリングにポイズンは「DDT提供試合」という形で上がり、ストロングスタイルとは対極、というよりまったく別次元にある『呪文』を使った。
あの瞬間、ストロングスタイルの論理的破綻とエンタテイメントプロレスの隆盛という現在に至る扉は開いていたのかもしれない。

DDTは今後多チャンネル化を目指すという。
自前で興行を打ち、別ブランドの興行を打ち、所属選手が店長の飲食店を経営し、他団体に選手を派遣し、芸能活動をプロデュースし、映像部門を子会社化してプロレス業界外からも仕事を取ってきたりする。
いずれ「DDTホールディングス」が誕生する日も近いかもしれない。
そんな可能性すら秘めた高木三四郎というレスラーは極めて合理的で頭のスマートな人物であると、この本を読むとつくづく思わされる。
TAJIRI、ウルティモ・ドラゴンらと並んでゼロ年代で成功したレスラーのうちの1人であろう。

ただ、三四郎の持つスマートさは時にロマンチシズムやノスタルジーを否定する側面も持つ。
面白ければやる、反応が良ければ続ける、悪かったらやめる、飽きられてきたら変える。
そこに20年前座を勤めたあとに突如脚光を浴びて異様なブームを巻き起こした百田光男や冬木弘道は生まれない。
芽の出ないレスラーはキャラクターを変えギミックを変え、最後はひっそり消えていく。
それは書いた原稿をひっそりと修正したり削除できたりする、今のデジタルなこの時代とよく似ている。

ぼくの週プロ青春記 90年代プロレス全盛期と、その真実

90年代に週プロで女子プロとインディーを担当していた小島記者の本。
暴露本ちゃ暴露本だし、ノンフィクションちゃノンフィクション。
全般的に「なんであの頃はあんなことができたんだろうなあ、若かったんだろうなあ」感が溢れてて暗くなってないところが読み物としては好感がもてる。

軸足としては「プロレス」でなくあくまで「週プロ」なので、当時のベースボールマガジン社がいかにテキトーな出版社であったか(今は知らないが)、エキセントリックな部分だけが強調されるターザン山本が「人々が買いたくなる雑誌」を創る才覚にいかにあふれていたか(今は知らないが)、全女が実は全ガチだった(今は知らないが)などなど、多様化が進んでいたようでまだまだテキトーだった80年代後半から90年代前半という時代の側面を知ることができる。

旗揚げ直後のFMWの地方大会を取材しにいったときの話がイイ話で、記者会見をやるからというので行ってみたらそこは会場近くの喫茶店。
IWAジャパンの2丁目劇場以降、喫茶店であろうとどこだろうと記者会見をやるのが普通になってしまったがなにしろ当時は新日・全日・UWFくらいしか団体のなかった時代。
プロレスに対する“真剣度”が今とは比べ物にならないくらい高かった時代。
「何、記者会見が喫茶店!?普通ホテルの会議室くらい借りるだろう…」な記者の空気を前にまだ邪道のジャの字もなかった頃の大仁田厚は申し訳ないと思ったのか、会見後に記者の分の飲み物代を払うと言う。
いいですよ、大仁田さん、そんなにお金もないんでしょうし…という記者を制して大仁田は「いや、こんなところまでわざわざ取材に来てくださったんだし」と会計に向かうと「領収書をください」。
お宛名はいかがいたしますか、と店員が尋ねたところ途端に店中に響き渡るような大きな声で
「F・M・W!
FMWでお願いします!プロレス団体なんです!でも馬場さんや猪木さんのところと違って、空手とか柔道とかいろんな格闘技の選手が出て、メインイベントではなんでもアリのデスマッチをやるんです!すぐそこの体育館で今日試合をやるんで、見に来てください!」
そうして店中の客の視線を集めて
「僕も出るんです、むかしチャンピオンだったんですけど、知ってますか?オーニタといいます、覚えてください」
とアピールした大仁田に店員が返した言葉は「鬼田さんですか。強そうな名前ですね」。

やっぱり汐留で電流爆破やるまでの大仁田が俺は好きだったなあと、読んでて懐かしくなった。
リングで血まみれになりながら、「僕はプロレスが好きなんです!僕にプロレスをやらせてください!」ってマイクで叫びながら流した涙が本気であろうが演技であろうが、俺はあの頃の大仁田が好きだったよ。
「大仁田厚の99%が嫌いでした。でも残りの1%が…」という故・荒井昌一元FMW社長の名言にある「1%」の意味を知りたい人はぜひこの本を読んでほしいと思う。

考えてみたら「メインイベント終了後にマイクで興行を締める」というのも大仁田が最初だったなあ。


平成人(フラット・アダルト) (文春新書 (611))

1977年生まれの大学助教授(?)が書いた平成という時代批評。

「とるに足らない風景の中にこそ、時代を開示し、歴史を開示する論理が埋もれていると信じている」という著者の信念にもとづいた結果、この本の第三章では平成日本の風景を読み解くもののひとつとして90年代の全日本プロレスが語られている。

要旨としてはバブルがはじけ、グローバリゼーションが始まり技術の修練より資本と市場主義が優先される時代に変わりつつある世の中で、ひたすら技術の修練を高めあっていた四天王プロレスは日曜深夜というテレビ最果ての時間で鈍く輝いていた、そして競争原理が剥き出しになった時代に総格闘技合がもてはやされるのは仕方のないことであるが、その影では人々の意識を一定方向に誘導する現代的な社会世相が反映されている、そんな話。

どんな調子で書かれてるかというと、こんな感じ。

「このような危機の中で、解説のジャイアント馬場は、滅びた文明が残した遺跡のような風体で、日曜深夜に落ち延びた自己の運命を呪うかのようにただただシニカルな解説を繰り返していたのである」

すごいなあ。「週刊プロレス」がとっくの昔に放り棄てた『活字プロレス』をやってるよこの人。

プロレスと総合の比較文化論?のところではプロレスファンな人々の多くが薄ぼんやりと抱えている今の総合ブームに対しての違和感みたいなものをバシッと書いてくれてる気がするんだけど、どうかな。そう思うのは俺だけなのかな。
一度、『紙のプロレス』あたりで菊地成孔と対談してほしいなあ。それか中田潤。

とりあえず、「総合こそ現代のプロレスですよ」と言った井上義啓よりも「人と人が闘うプロレスこそが粋である」という酒井信を支持したい。

プロレス暗黒の10年

「週刊ファイト」最後の編集長による暴露本。なのか回顧録か微妙な本。
そもそも「ファイト」ってあんま読まなかったのであまりどうという感慨もないのだが読む。

タイトルで察しがつく通り、97年に高田がヒクソンに敗れたのが暗黒の幕開けだった、という話。
新日本が莫大な退職金を払った猪木はなんだかんだいつまでも新日にまとわりつき、結果両者の関係が悪化、そして起こった小川の1・4事変、橋本の離脱、総合格闘技への敗退、武藤&長州の離脱…と新日解体に関する話の多くはすでにどこかで聞いた話が多かったが、武藤全日本移籍の舞台裏はあまり知らなかったので興味深かった。
それによると武藤が全日本に移籍したあとにマザーズだかジャスダックへの上場話が浮かんでおり、上場すれば武藤は未公開株で億万長者…のはずだったが杜撰な資金の流れが表へ出せないのと、新興企業の資金調達を目的としたそれらの株式市場では全日本プロレスという会社自体に今後これ以上の成長が見込めず投資家がまず手を出さないだろう、ということで話が頓挫し、武藤も全日本も多額の借金を負っていつ潰れてもおかしくない状態だった、という。
2004年ごろやたら流れてた「全日本危機説」はこういうことだったのか、と納得。
その後もITバブルやAV会社社長とかやたら香ばしい人々が関わってきた様子が克明に描かれてて、末期FMWの内幕を書いた冬木弘道の「鎮魂歌」(碧天舎)を思い出した。
しかし、『女優暴行問題で有罪を受けたAV会社』ってそれはあのバッキープランニングか?
だとすればまた相当危ないところと関わってたんだなあと、いまだ消えないプロレス興行の闇に思いを馳せる。

しかしこの本で著者の力が一番入ってるポイントは、「我々はあの時、どうやってミスター高橋と戦うべきだったのか」という考察のところだと思う。
きっと何を言ってもやってもダメだったんだろうけど、といいながらも何回もそこに戻ってくるのを見るにつけ、相当悔いがあるんだろうなと。
あのとき黙殺するのじゃなく、「そういうことを言っていいのか」という議論はできたかもしれない。
けれど、そうなったとしてもたぶん別の誰かが書いていたんだろうなという気がする。
高橋本がなければ高田の「泣き虫」がその先鞭に代わるだけで、もしそうなってたらあの本は3倍くらい売れたのかもしれない。
そしてまた幻冬舎が生み出したタブー破りのベストセラー!とかなって見城徹が『情熱大陸』に出て…っていいんだそんな話は。

プロレスが復興するのなんて理屈だけなら簡単。
「え、プロレスって八百長じゃないの!?」と見る側の固定観念を揺らすモノを提供していけばいい。
そして現在それに一番近いことをやってるのが「マッスル」だと思う。
といったわけで論議を呼んだ1・3「マッスルハウス5」についてはまた次回。
(もう一ヶ月経ってるよ!)

月刊Gスピリッツ Vol.5 (DVD付き) (タツミムック)

Gスピリッツ5号が出たので購入。
特集は「新日本プロレス 闘強導夢の光と影」。
あの橋本vs小川の「1・4事変」の舞台裏ということで当時UFOのプレジデント(どういう役職だ)である佐山サトルがインタビューに答えている。
「いや、僕は指示してないですよ。受けるなとは言ったけど。アレはやっちゃいけないよね。」
と例によって佐山節が全開。
爆弾を用意してライターを渡しておきながら「テロはよくないよね」と言っているようなもんだな。

「1.4事変」については年月が経ち、ようやくこの頃いろんな話があちこちから聞けるようになりましたが、聞くたびに思うのが当時の小川直也はピュアにプロレス復興を考えていたのだろうなと。
たぶんその思いはハッスルにもつながってるのでしょうね。

「闘強導夢の光と影」というのは「新日本vs他団体対抗戦の光と影」という解釈らしく、他のインタビューは天龍、鈴木健(Uインター元取締役)、グレート小鹿など。
「実現寸前だった新日本vsパンクラスの対抗戦」という記事にそんなんあったっけ?と思ってたのですが、ああそういや謙吾出てましたな。アルティメット・クラッシュ(笑)。
思えばあの頃に比べれば、今の新日本はずいぶん方向性が定まった気がします。

つい2年ほど前の新日本vsビッグマウス・ラウドの対抗戦の舞台裏のリポートが面白かったです。
前田日明にシュートを厳命されたのに実行できなかった村上和成と柴田勝頼は、よくも悪くももうすでにプロレスの色に染まってたのでしょうね。
けどあそこで村上が永田に、柴田が棚橋に仕掛けたら、その後はたして橋本と小川みたいなドル箱ストーリーがリングで作れたのかな。
私には前田がそこまでの結果収入を考えて指示を出したようには思えないのですけれど。

まあ、今から何を言っても覆水盆に返らず、ですな。
とりあえず今年の目標としては用賀の「市屋苑」に行こうと思います。

<追伸>

隔月だった「Gスピリッツ」は今後不定期発行となるそうです。
このままだと休刊という名の廃刊ということもありえます。
みなさん買ってあげてください。

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