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  • 2009.02.19 Thursday
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一定期間更新がないため広告を表示しています


今さら書く1.3「マッスルハウス8」観戦記

昨日、HDDに残してある「マッスルハウス8」をまた見た。
当日会場で見て、サムライで本放送を見て、録画したのを2回見た。
近年これだけ繰り返し同じ興業を見返したことはない。
そして何回見ても、“大鷲透”になった藤岡が惨敗して控え室に向かおうとするところを鶴見亜門が呼びとめる場面で胸が詰まる。
「何やってんだよ!集中しろよ!」と怒る亜門は泣いている。
「僕はマッスル坂井になりたいですよ!」と叫ぶ藤岡の前に現れる坂井は怒りを押し殺しているようにも、困惑しているようにも、何か胸に決意を秘めたようにも見える、複雑な表情をしている。
マイクがうまく入らないで叩きつけて地声で藤岡を叱責する坂井。
そんな坂井に「八つ当たりすんじゃねえよ!藤岡頑張ってるじゃねえかよ!」と涙声で叫ぶ亜門。

この一連の流れがどこまで台本通りでどこからアドリブなのか、見ている我々はまるでわからない。
けれどそんなこと、たぶんどうでもいい。
どっちにせよ、私はこの亜門の涙声が今でも頭から離れない。
後楽園で見てきた数々のプロレス名場面、それは天龍vsハンセンであったり、有刺鉄線デスマッチに臨む大仁田であったり、「俺たちがFMWだ」と言ってリングに倒れこむハヤブサであったり、バトラーツであったり闘龍門であったりするその情景と並んで、私にはあの日の名場面が刻み込まれた。
それは亜門の絶叫であり、かつて「涙のカリスマ」と呼ばれていたことなど忘れてしまったかのようにヘラヘラ客席に媚を売る大仁田に向かって「友達なんです!助けてもらったから恩返しがしたかったんです!」と無我夢中で詰め寄る大家健であり、それを聞いて下を向く坂井であり、今大会もっとも重要な人物であったはずなのに終盤はまったく放置されっぱなしの藤岡の姿だった。
展開はグチャグチャ、試合はグチャグチャ、締めもグチャグチャ、それなのにこの「マッスルハウス8」は絶対に忘れられない大会になった。
こんな興業どこにもない。

試合後、渕が向かった先は… 〜2.6全日本・後楽園大会



NOAHの丸藤とカズ・ハヤシのタイトルマッチが見たくて約6年ぶりに全日本を見に行く。
カードが発表された段階で行きたかったんだが、直前まで行けるかわかんなかったので当日券の列に並ぶと、立ち見以外すべて売り切れ。
売り子の人に「場内混雑してます」と言われる。
中入ってとりあえずバルコニーいったら鈴なりの人。
こんなに人があふれてる後楽園見たの本当に久しぶりだ。
そもそも人があふれるバルコニーで見たことすら高校生のときにやっぱり全日来て以来だ。
たしかあのときはカンナムと川田がケンカマッチみたいなのをやっていた。
今思えば相当どうでもいいカードだったのに、会場は超満員だった。いい時代だったのだな。

そもそも最後に全日見にいったのいつだろう、って確認したらRODが結成された直後の武道館大会だった。
TAKAが全日の武道館に出てギガンテスと組んでタイトルマッチやる、ってんで行ったのだが、見に行った直後にギガンテスが急死するというショックな出来事があり、いろんな意味で忘れられない大会になった。

久々にいった全日は試合前に小島と若手の軍団(F4とかいった)が出てきてひたすらしゃべりまくったり、試合前に細かく説明してくれたり、なんか昔の闘龍門みたいだった

☆渕vs荒谷

荒谷が酷いことになってるとはある程度知っていたものの、これほどまでとは…。
後楽園のメインで天龍とやってた時代を見ている者としてはいろいろ辛い。

☆外人vs若手のタッグマッチ

ベイダーのコネで来た外人がブファドーラをやろうとして足を踏み外したとき、本当にビクッ!とした。
ハヤブサの事故を見ている世代からすると、あの技だけは絶対に、絶対に失敗しない自信がある人しかやらないでほしい。
本当に見ていて恐い。

☆TARU、ヘイトvs諏訪魔、若手

平井…ヘンだ。
持参した消化器を噴射したものの威力が弱くてヤジられてるし。
つーか情けないヒールってもうヒールじゃないだろ。
天山じゃあるまいし。

TARUが諏訪魔組のセコンドにいた土方を挑発して、リングに上がってきたところを捕まえてロープにゆわきつけて罵倒してると田中稔が入ってきて(あまりに自然に入ってきた。あんな乱入見たことない)、土方をロープから解放してガッチリ握手、二人でTARUを襲う…ってこれ何?諏訪魔とかどうなるの?3WAYでもやんの?と思ってたら
稔は標的を土方に変更、「最初からブードゥーに決まってたんだよ!」

込み入ってるわりに面倒くさい。

しかしTARU、平井、稔ってヘンなチームだなあ。

☆ブラザーvs近藤

別項。

☆鈴木みのる、MAZADAvs小島、KAI

あー、こんな面白くないんだなって素で思ってしまった。

どうでもいいが全日本はKAIとか大和、征矢、真田、みんな身体がしっかりできている。
闘龍門をずっと追った私がブラザーと近藤に物語を見てしまうように、今彼らをしっかり見ていると10年後くらいに彼らの物語が見られるのだと思う。
けど私はもう彼らの物語は見られない。
私もプロレスからの撤退は静かに始まっている。

☆武藤、西村、浜vs高山、太陽ケア、NOSAWA論外

大相撲から入ったという浜が見ていて恐い。
まず身体のバランスがヘン。
上半身に比べて明らかに下半身が脆弱で、足首なんかえらい細いので早晩体重を支えきれなくなるのが目に見えて恐い。
表現は乱暴だが、上半身だけ薬で肥大してしまった人、みたいな印象がある。
あれに比べると曙とかよっぽどちゃんとした身体なんだなと思う。

ひとつ前の試合同様、これも個人的には残念な試合だった。
高山は年を取り過ぎた。
おじいちゃんみたい。
そう考えると武藤のコンディションの作り方というのは本当にリスペクトする。

かつてプロレスは「熟年の選手の熟年の攻防」がメインだった。
けれどみちのくプロレスと闘龍門がそれを壊して「身体の動く若い選手をメインに」と変えた。
しばらくはメジャー団体も昔の「熟年」スタイルのままだったが、最近ノアも新日も全日も少しずつ「若いの中心」にシフトしつつある。
それ自体はいいことなんだろうが、そうすると「熟年」は今後どうするのか?という疑問が出てくる。
このセミファイナルはずっとそういうことばかり考えていた。


☆丸藤vsカズ・ハヤシ

とにかく二人の偉大なレスラーがプロレス頭を総動員して戦っただけあって、ちょっとやそっとの攻防じゃビクともしない私のようなプロレス見過ぎのすれっからしマニアでも「おお!おお!」と驚く場面の連続だった。
中でもカズのロープスプリングを丸藤がカウンターの低空ドロップキックで封止した場面が一番ゾクッとした。
はっきりいってこれ後楽園でやるレベルの試合じゃないよ。
武道館のメインクラスでやる内容だったよ。
それぐらい高度で先の読めない、また展開のわからない試合だった。
ただ個人的にはカズ・ハヤシは間違いなく一級のレスラーだが、丸藤は超一級だなと強く感じた。
個々の技もそうだが、動きと展開が本当に素晴らしい。
世界レベルでもこれだけできる人はそんなにいないと思う。

最後は不知火・改まで耐えきったカズが見たことのない技を集中させてフォールを奪った。
個人的には意外な結果だったが、会場は大爆発していた。
ともかく、素晴らしい試合だった。
繰り返すが、武道館とかでやらせてあげたかった。

試合が決着した直後、リングにスッと入ってきた渕は自分の団体に至宝をとりかえしたジュニアのエースではなく、敗れた丸藤の元へ駆け寄ってポンポンと肩を叩き、そしてまたリング下に降りていった。
渕の表情にはねぎらいと感謝の意があった。
あの場面に、丸藤がわざわざ全日本に出張った意味が凝縮されていた気がした。

T2Pから9年、二人の今

2001年11月13日、私はその頃つきあっていた彼女とT2Pというウルティモ・ドラゴンが手がけた新しい団体の旗揚げ戦を見に行った。
私と彼女が北側の客席で開始を待っていた頃、前の席に座っていた私と同年代くらいの若い男たちのグループがリングの周りで会場設営の手伝いをしていた若手レスラーに声をかけた。
若手レスラーは声をかけてきた男たちを見ると途端に顔をほころばせ、「何、来てくれたの?」「今日あと誰が来てるの?」と親しげに話していた。
おそらく私の前に座っていた男たちと若手レスラーは友人で、晴れの日を迎えた仲間の門出を祝福するために会場へ来たのだろう。
若手レスラーは第一試合のリングに上がった。
名前を近藤修司といった。


2009年2月6日、丸藤正道とカズ・ハヤシの世界ジュニア選手権を見るために、私は一人で後楽園ホールに行った。
会場で試合前に流されるVTRで、"brother"YASSHIが前回の大会で休業宣言をして、今日でファイナルマッチだということを知った。
前回大会でリングを離れることを表明したブラザーは最後の相手に近藤修司を指名した。
T2Pでデビューした二人はT2P解散、闘龍門ジャパン合流、離脱、全日本への転身とブードゥーマーダーズ加入、ドラゴンドアおよびエルドラドの設立、そして離脱と10年近く行動を共にした。
二人の道が初めて分かれたのは去年11月、近藤の全日本入団だった。
ブラザーは入団しなかった。
もしかしたらできなかったのかもしれない。
ずっとコンビを組んできた二人は初めて対角線に立つことになった。
けれど今思えばあの時点でブラザーはもうリングから離れることを全日本側に伝えていたのかもしれない。

2001年にデビューした"brother"YASSHIは不細工なレスラーだった。
背は低く、ドレッドの髪型が目立つ頭はデカく、技はこれといって映えなかった。
レゲエかラップかわからないが黒人音楽を強烈に後追いした早口のマイクは聞きづらく、見ている我々の神経を逆撫でした。
やがて彼はその生理的な嫌悪感を悪役として発揮することに成功したが、そこに至ってなお彼は技を受け続けるレスラーであって、華やかな位置とはほど遠かった。
彼の口癖「カス野郎」はやがて彼自身の代名詞となる。
どんな若手であっても大物レスラーであっても彼はひたすら唾を飛ばして連呼した。
「このカス野郎、カス野郎」
けどあの言葉はもしかしたら自分自身に向けていたのかもしれない。
こんなしょっぱいレスラーになりやがって、こんなカスっちいポジションでとどまりやがって、と。

近藤とのファイナルマッチ。
先にブラザーが入場する。
フードをかぶったまま、マイクを持って自分でライムを踏みながら入場する。
呪文のように、機関銃のように一方的にしゃべり続けた彼がリングサイドまで来てライムをとめると、フッとフードを脱いだ。
その瞬間、会場の空気がフワッと変わり、ものすごい「ヤッシー!」という叫び声が会場を埋め尽くした。
あんなに華がなくてあんなにどうしようもなかった"brother"YASSHIは、いつのまにか立派な華を身にまとっていた。

試合前のVTRで「いつもといっしょ」と語った近藤はブラザーの後から淡々と入場した。
しかし、彼はゴングの直前まで顔をブラザーに向けようとしなかった。
全然いつもといっしょじゃない。嘘の下手な奴だ。

試合は、ブラザーが一生懸命だったように思う。
ずっと見ていたはずなのに記憶が薄い。
ただフィニッシュに行く直前の近藤の力を込めた表情と、今生の恨みでもこもっているかのような、本当にブラザーが死ぬんじゃないかと思ったぐらい力の入った最後のラリアットに、二人の友情を見た気がした。
本当に心を許せる相手だからこそ、あそこまで力を入れて他人を殴れるんじゃないか、そんなことを考えた。
勝ち名乗りをあげてさっさとリングを後にする近藤の目は泣いていた。
彼はこれから全日本を代表する選手になる。
一方、ブラザーはこれでリングを後にする。
もしかしたらもう一度リングに上がることがあるかもしれないが、とりあえずは後にする。
同じところからスタートして常に隣にいたはずの二人は気がつくと大きく道が広がっていた。

T2Pにはいろんな選手がいた。
エースのミラノコレクションATは闘龍門ジャパンの後継団体・ドラゴンゲートを退団し、アメリカで武者修行を重ねた末、今は新日本にいる。
2007年にはベスト・オブ・スーパー・ジュニア初出場初優勝という快挙を達成した。
吉野正人、アンソニー・W・森、岩佐卓典、セカンド土井らはドラゴンゲートの第一線にいる。
今のドラゲーは実質彼らが引っ張っている。
大鷲透はフリーとしてあちこちのリングに上がる。
T2Pで怪物的な存在だった彼はすっかりその怪物キャラをひっぺがされ「見た目は怖いが人のいい透ちゃん」という素のままの自分を表現している。
大鷲とともに期待された小川内淳は引退してリングアナウンサーになった。
旗揚げ戦の第一試合で近藤修司と闘った八木隆行はレフリーに転身した。
ストロングスタイルを模索していた三島来夢は退団し健介オフィスで再デビューした後、首の負傷で引退した。
大柳二等兵はすぐに消えてしまったと思ったら、2006年に本名に戻してエルドラドで再デビューした。自分より後に入ったはずの後輩たちを「先輩」と立てながら、再びプロレスの道を模索している。

旗揚げ戦で一番下にいた近藤はT2P出身者の中で一番の出世頭になった。
考えたら近藤はSUWAの引退試合でも介錯を務めた。
近藤はたぶん、いま上しか見ていない。
顔を上に向けていないと消えて行った仲間、追い抜いた仲間、進むべき道が別れた仲間たちのことばかり考えて動けなくなってしまうんではないか。
ブラザーのラストマッチから2試合後、世界タッグの挑戦を鈴木みのるにアピールする近藤修司を見てそんなことを考えていた。

今改めて見る13年前の田村vs桜庭

話題を消費して消費して消費しつくす現代のメディア環境の中で、対戦カード発表から約2ヶ月好事家の話題を集め、終わってなお語られる田村vs桜庭。
近年のプロレス・格闘技イベントでここまで話題を引っ張れたのは亀田大毅vs内藤大輔以来であろうし、その亀田−内藤戦にしても話題の向きはTVメディアの寵児としての亀田一家の扱いだけにあり、彼の一戦の背景にあるものを探ろうなんて試みた人はほんの少数であろう。

煽りVTRで桜庭は「96年の3連戦のうち最初の2戦は“真剣勝負”、あとの一戦は“プロレス”です」という言い方で過去の対戦の背景をあっさりと語った。
このあからさまなプロレスを真剣勝負の対義語とした言い方に今月の「格闘技通信」で前田や高山、垣原らかつてのUWF戦士らはおのおの憤りや戸惑いを表しているが、じゃあ実際に何が真剣勝負で何がプロレスなのか。

ありがたいことにyoutubeにはこの96年の田村vs桜庭三連戦がすべてアップされている。


田村vs桜庭 1回目

http://jp.youtube.com/watch?v=H-dJngBfpEY


田村vs桜庭 2回目

http://jp.youtube.com/watch?v=juTC0lwaves

田村vs桜庭 3回目

http://jp.youtube.com/watch?v=fdwSyX2o5kY&feature=related


言われてから見ると3戦目は両者の動きが若干大きいと気づくが、黙って見ればまず普通のファンには違いなどわからないのではないだろうか。
見返してみると、やはりUWFは当時最強への最短経路を歩んでいたのだなと思わざるをえない、そんな気がする。

それより現在ねじりにねじ曲がって、ひょっとしたら当人たちですら理解ができないくらい複雑な関係となった田村と桜庭がこの13年前は何を思っていたのか、映像から考える方が興味深い。
UWFインターはこの3連戦で桜庭に田村の商品価値を落とさせようとした。
新日本プロレスとの対抗戦が始まる直前まで、高田に次ぐナンバー2の商品だった田村の価値をなくそうとした。
しかし、画面で見る限り桜庭から田村への憎しみは見えない。
見えるのは「普段なら絶対許されないであろうメインイベンターから取ってもお咎めなしだっていうんなら、じゃあ取っちゃおうかな」という桜庭の無邪気な闘争本能で、そこに田村潔司を潰すという悪意は見えない。
田村からは真剣に闘いに臨みながらなお見える「いい機会だからこういうのもやってみよう」という余裕で、それが2戦目の試合後の「僕も9か10の力を出さないと彼にはやられちゃうんで」というコメントに出ている。
我々が現在遠く感じる“真剣勝負”と“プロレス”の地平が当時の田村(というよりUWF)の中では地続きであったことがわかる。

桜庭が田村に対して憤った(と言われている)話のひとつに「田村さんはUインターを“真剣勝負”の場に変える先導者のはずだったのにそれを放棄してリングスへ移った」というものがある。
田村からすれば自分を潰そうとする団体に留まるわけにはいかなかったであろうし、当時会社存続のため新日本プロレスとの対抗戦を推し進めていたUインターからすればナンバー2でありながらいつまでも会社の方針を無視する田村は他の選手の手前もよくない危険因子だったのだろう。
結局、二人の恩讐が生まれたのは時代の巡りあわせで致しかたない部分だったのかもしれない。

それにしても第一戦の「回転体」の攻防は見事だ。
これは総合格闘技ルールでは生まれないものなんだろうなあ、と考えていたが今出ている「格闘技通信」の桜庭インタビューによれば総合でも回転体はできるのだという。
それが一瞬出かかったのが同日行われた所vs中村戦ということなのか。

握手はしないでほしかった、と垣原は語った。
田村と桜庭の終着点はいったいどこなのか、それは誰にもわからない。

2008年年末テレビウォッチング


○ハッスルマニア(地上波)

・しょうがないっちゃしょうがないが、泰葉メインの構成。
 実際のメインを先に放送して、興行的には真ん中ぐらいに登場の泰葉を番組では最後の登場に。
 
 毎年大晦日は絶対に紅白を見る70歳の私の母が、この最後の泰葉だけチャンネルを回して見たらしい。
 黙っていれば絶対にハッスルなど見なかったであろう層を振り向かせたという意味ではやった価値があったかもしれない。
 しかし母のコメントはこうだ。
 「しょうがないことやってたわねえ」
 そう、日頃プロレスを見ない層に驚きを与えられなかったという点で課題は残った。
 いくら安生が一般人にもわかるレベルの驚異的な受けの上手さを見せたとしても。
 
・やはり理想は泰葉を入り口に、エスペランサーが登場したメインまでを引っ張れればよかったと思う。
 というかギャンブルでも、そうしないといけないと思う。
 もう「このあと誰々登場!」で延々引っ張る放送スタイルに視聴者は飽き飽きしている。

・その意味では、ムタがエスペランサーを道連れにしたあとの川田とボノちゃんの展開は、いただけなかった。
 あそこで特効使ってもよかったのではないだろうか。

・それにしても10.9東京ドームから13年、高田と武藤。足四の字は遠くなりけり。

○ダイナマイト(PPV)

・PPVで放映6時間は長い。けれどその分煽りVとかもキチンと見られるので、時間があるときは断然PPVだなと

・個人的にK-1甲子園は好きになれない。
なぜアマチュアボクシングがヘッドガードしているのか、なぜ未成年にはフルコンタクト空手でなくて寸止め空手をやらせるのか、もう少し考えてもらいたいと思う。

・キン肉万太郎、もうちょっと仕込んでもよかったのでは。あれでちゃんと次ができるのか。後年なかったことにされそうな企画に見えてしょうがない。

・柴田、相変わらずでよかった。いずれプロレスに戻って棚橋ともう一度やってほしいな。

・次も見たいなと思ったのは川尻達也とバタ・ハリ。カネがとれるというのはそういうことだと思う。

〈桜庭vs田村〉

・入場Vでレガースを履いて(履かされて)Uインターに回帰するような匂いを出しといて結局は放り出す桜庭。
いまだに小太刀を持って入場する田村。
「何年もオファーを断っておいてこっちの体調が悪そうだと見ると受けた」と田村を非難する桜庭。
「顔面は殴りたくない」と言いながら顔面を殴る(殴らざるをえない)田村。
「いずれ桜庭とは酒を飲める仲になりたい」という田村。
「無理じゃないですか」と突き放す桜庭。

この二人において、何が真実で何が真実でないのか、見ている側はまったくわからない。
そしてこの「わからない、けどどうなってるんだろう」と呼び込む力こそが本来プロレスが持っていた力なのだ。
リング上の二人の対戦ルールはともかく、これは見事なプロレスだった。
たとえ桜庭が実際のところはプロレスに何の未練もなかったとはいえ。

結局、リングで戦わせたにも関わらず結局のところ二人のうちどちらが強いのかというのはハッキリしなかった。
ただ試合後、笑顔で歩み寄ったのは桜庭だった。
思えばこの対戦が決まってから一方的に仕掛けてきたのも桜庭だった。
背負った十字架が重かった分、判定での差が出たのであろうか。
何かが片付き、何かが続いた。
実験する運動体――それがUWF。

ゼロ年代の想像力

全日本プロレス8.31両国大会をPPVで観る。
大会の目玉は「ダブルメインイベント」と銘打たれた2試合。
ひとつは武藤が保持するIWGP選手権のタイトルマッチ。
相手は2週間前に所も同じ両国でG1クライマックス初出場・初優勝の偉業をなした後藤洋央紀。

もうひとつは全日の至宝・三冠ヘビー級選手権。
若きチャンピオン・諏訪魔に“馬場・四天王世代を知る最後の全日戦士”太陽ケアとの一線。

試合の結果と詳細はスポナビに譲る。
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/fight/other/live/2008/2008083101/index.html
ここではちょっと試合から離れたことを書く。

K-1、PRIDE隆盛以降その座を奪われたばかりかズタズタにされたプロレスは、K-1、PRIDE両ブームが過ぎ去って久しい今もなお、新日本・全日本・ノアのメジャー団体を中心として動いている。
ミスター高橋と2ちゃんねるによって「フェイクである」と位置づけられたはずのプロレスのメインストリームは、いまだに新日本やNOAHにあったりする。

「ゼロ年代の想像力」で宇野常寛は批評の世界でいまだに90年代的価値観が跋扈し、またそれを誰も訂正しない風潮を嘆いている。
そして20代の彼は彼の考える「ゼロ年代の批評」を構築しようと懸命である。

翻ってプロレスの世界は、いまだに90年代の「四天王プロレス」と「軍団抗争」の世界から変わっていない。
マッスル、666、ドラゴンゲートといったポストモダンなプロレスは外部にあり、中心軸には「試合で見せる三冠選手権」「ベビーとヒールに別れた軍団抗争」が続く。

もうこれからの時代、猪木と藤波が描いた、あるいは馬場や鶴田が紡いだ「大きな物語」は誕生しない。
タコツボ化した世界で(宇野はこれを衛星化=プラネットと表現する)、人々は自らの入るべきタコツボを延々と探し、一度入ったら他のタコツボに見向きもせず、タコツボの仲間が「あそこのツボも悪くないよ」とすすめたところだけを時々覗きにいく、そんな世界が待っている。
ゆえにプロとアマの境界線が瓦解し、また“プロレス”の定義が流動化するのも時代の流れの一つであると理解していた。

ところが、いまだに三冠とIWGPはメインにある。
いや、その二つが中心にあること自体はそれほど問題ではない。
問題なのはその二つをめぐる物語が、ずっと変わっていないことなのだ。

たとえば現三冠チャンピオンの諏訪魔は、日本マット界随一のパワーファイターである。
彼の強力に人々は酔いしれる。
しかし、現在全日本プロレスが彼に求めているのは、20分、30分と時間をもたした上で相手のよいところを引き出し、その上で相手に勝つプロレスである。
つまりは三沢光晴や、小橋健太の試合像を求めている。
だが諏訪魔にそのような試合はできない。
正確に言えばできなくもないが、先の二人ほど美しい展開にはならない。
どこかオタオタした、ぎこちない展開になる。
今回のケア戦はいい例だった。
たぶん、会社はかつての川田vs小橋戦のようなフルタイム戦を期待してたのだろうが、現出したのは60分の中で生まれる間をなんとか埋めようとする、若き二人のレスラーの苦悩の姿だった。

私は諏訪魔の三冠戦は5分で終わっていいと思う。
というか、むしろ5分にしないとダメだと思う。
前と同じことをしていては先人より上には行けない。
プロレスは上塗りをしていかなければならない。
上塗りをしていかなければ、あとは下がるだけなのだから。

だがそれには前提条件がつく。
それは「ずっとプロレスを見続けている客を相手にした場合」という条件である。
つまり、定期的にファン層が入れ替わっていくならば、試合内容も、ストーリー展開も同じものをやっていても済む。
もしかすると、今のメジャー団体は「90年代と同じことをしている」のではなく、「90年代を見てないファンに一番楽しめるものを提供している」のかもしれない。

つまり、メジャー団体は長く観ている人に「もうあなたたちはいいですよ、どうぞ他の面白い団体を見てください、我々はあなたたちのようなズブズブの人は相手にできませんから」と考えているのだろうか、ということである。
これはやっかむわけでも拗ねてるわけでもなく、極めて真面目に「プロレスはある程度見たら卒業するべきものなのだろうか」と考えてしまった。
なかなか答えは出ない。


それにしても説明に説明を重ねて、ベタベタのベタベタに終わらせる天山・小島vsGBH&VMのタッグマッチを見るに、想像力とか、ダイナミズムといったものは娯楽から消えるのだろうかと考えた。
真壁やTARUの言葉には現実感がない。
ハッスルの世界と同じである。
「こういう風に観なさいよ」という定義が決まっている。

もし私が絵をかけるなら、そこをグチャグチャにかき回す。
つまり二人きりの天コジをGBH&VMのメンバー総動員(併せれば12〜13人にはなるだろう)が全員でボコボコにする、という絵を一度は入れる。
“友情友情言ってるけど、本当にそれって正しいのか?”という揺さぶりを入れないと、「天山・小島の友情」というキーが生きない。
われわれはそれを『キン肉マン』で自然に習った。
「窮地で仲間が現れ、敵をなぎ倒す」
というアメリカの1コマ完結カートゥーンみたいな話は、どうも背中がかゆくて仕方がない。
それとも時代は、1コマ完結を求めているのだろうか。

ウルトラバイオレンスな輸入DVDを買う

このところ国内プロレスになんとなしにマンネリ感を感じてきて2ちゃんねるの某スレを見ていたら猛烈にCZWの試合が見たくなり、フリーバーズ(http://www.freebirds-shop.com/)経由で輸入DVDを初購入した。

それがこちら。


トーナメント・オブ・デス、略してTOD、の第三回大会。
前述の某スレで「一番過激」というので買ってみた。

輸入DVD(正確にはDVD-R)なので字幕はない。
気合だけで英語をヒアリングするが、やっぱ一部しかわからん。
もし違ってたらご勘弁。

試合前の会場で観客に「優勝予想」を聞いて回るアナウンサー。
ニック・ゲージ、ネクロ・ブッチャーなどの名前を挙げる客が多かったが、たまたまポップコーンを持って歩いていた高校生ぐらいのデブちゃんを指して「He!」とかいう客。「?」という顔をして過ぎ去っていくデブちゃん。そして「He? Who's him!?」とわめくアナウンサー。アホばっかだ。

会場が、明らかにアメリカ郊外の原っぱ。そして真昼間。温かくて気持ちよさそう。
とても「死のトーナメント」というには不釣合いなシチュエーションだが、観客は出来上がっている。
選手がハードな攻撃を仕掛ければ(食らえば)観客みんなで「Holy Shit!」、技を失敗すれば「You fuck up(と聞こえる)」。
面白いなあ。
こういうの日本にないもんなあ。
日本人はみんなで「ヘッ・タ・クソ!」とか「超・すごい!」とか言わないもんなあ。

試合自体は思ったほど印象に残らなかった。
ネクロ・ブッチャーはいいなあ、ぐらい。
ところどころ、たとえば最後の決勝戦のフィニッシュとか「うっわ、ムチャするなあ」というポイントは何箇所かあったが。
ガラスや有刺鉄線で切り裂かれた選手の生傷をアップで撮るカメラマンのセンスがエグい。

むしろ一番印象に残ったのは、ボーナストラックとして収録されたトーナメントとは無関係のザンディグvsニック・ゲージ戦のカオスっぷりだった。
トーナメント本戦と違い、いったい何回ダビングしたんだ?っていう粗悪な映像の中でザンディグがリングを燃やす映像から試合はスタートする。
リングのマットを取り外し、敷き詰めた木の板にガソリン?を注ぎ火をつけるザンディグ。
これが屋内の会場である。
後ろに「CZW」の看板が見えるので、ひょっとしたらここが元ECWアリーナだったというフィラデルフィアのCZWアリーナなのかもしれない。
にしても屋内でこんなことをしたら日本では消防署が今後絶対興行をさせないと思うのだが、とにかく狭いアリーナの中でリングを燃やすザンディグ。
ゲージは仲間らしきレスラーを伴い入ってくるが、さすがに簡単にリングに入れない。
そうこうしているうちに木は燃えづらいのか、火は徐々に鎮火していき種火ぐらいになったところでゲージがリングに上がり試合はスタート。
さほどテンションの高くない攻防が続き、やがて場外戦になり、会場を壊しながら両者がハードコアな攻防を繰り広げていくうちにまずゲージ陣営がザンディグに手を出し、それをザンディグの盟友ロボともう一人が救出、そうこうしているうちにいつの間にか反則だかノーコンテストの裁定が下ったらしく、唐突に試合は終了。

なんだデスマッチのフィニッシュがこれじゃあっけねーなー、と思ってると会場の観客の鬱憤は当然こちら以上で何だか不穏な雰囲気。
すると画面右脇から無人のリングに何か飛んできた。
イスだった。
観客の誰かがパイプイスをリングに投げ入れたのだ。
すると反対側からもイスが飛んできた。
そして、イス投げが始まった。
四方の観客が次々にリングに会場のパイプイスを投げ入れる。
リング上にはどんどんイスが積み重なっていき、リングがイスで埋め尽くされていく。
薄暗い狭い会場の中で降り注ぐイスの雨。
客出しの曲なのか、BGMはオフスプリングの「The Kids Are’nt Alright」。

この映像はカオスの極みだった。
イメージとしてはかつての蔵前の暴動の小規模版といったところなんだろうけど。
「The Kids Are’nt Alright」はZERO1の崔領二のテーマ曲なんだけど、今後頭に浮かべるのはこの映像だろうなあ。
日本人とアメリカ人の国民性の違いをいろいろ感じたDVDだった。


※参考までにこの道の達人である道頓堀次郎さんのレビューをリンク。

http://homepage3.nifty.com/doutonbori2raw/page034.html

真夏に燃える男たち 〜7.27 ZERO1-MAX後楽園観戦記〜

唐突にZERO1MAX「火祭り'08」を観戦。
かつてG1の後追いで始めた企画だったのに、先行のG1が沈下してきてインディー/メジャーの境界線も流動化した昨今、いろんな意味で「火祭り」はG1と肩を並べた。
中西・真壁が「火祭り」に、大谷がG1に参戦するに至った今年などもはや両大会は地続きのような感じすらする。
第二回大会なんて黒田哲広が決勝戦に出てたというのになあ。

アメリカインディーマット界なんかは選手に明確な所属団体がなく、ROHだろうとCZWだろうと主催者が違うだけで出てる選手はみな一緒だったりするが、徐々に日本もそうなってる気がする。
これだけ選手がフリーになってるんだから、当然といえば当然か。

会場の後楽園は日曜の昼間で満員。南側の後ろに一部空きがある程度。さすが。

前座雑感。

○第一、第二試合ともそうだったのだが、デビュー何年もしてない若手が格上の中堅選手に胸を突き出して「来い!」と言ったり、ペチペチ頬を叩いて「張って来い!」とかいう。
団体の主幹である大谷自身がそういう選手だったから仕方がないのかもしれないが、見ていて行儀がよくないなと思う。
で、また相手の大森とかが妙に受けるんだよな。
普通、デビュー1年かそこらの若手にあんな態度されたらカチンときて秒殺でいいと思うのだが、後輩を気遣ってるのか、妙に受けてやってる。
なんだか現代社会の縮図を見るようだ。

○藤田と日高が闘っているのがとても違和感。
なんというか、マスカラスとドスカラスが別々のコーナーにいるような。

(火祭り公式戦)

○関本大介vs崔領二

対戦カード見ていきなりいい試合だねえ、と思ったら本当にいい試合だった。
怪物のような筋肉を誇る関本のラリアット、ジャーマンに崔の危険な蹴り技、危険な角度の投げ技が実にスリリングな応酬を築き、会場沸きまくり。
特にニュートラルコーナーでダウンする関本に崔が反対側から全力でダッシュしてきてそのまま真空飛びヒザ蹴りみたいに飛んできたところを間一髪関本が交わした場面なんか、背中がゾクッとした。
本当に一般人があんなの食らったら廃人になっちまうよ。
中盤以降の両者の攻防は90年代の川田vs小橋戦なんかと比べてもまったく見劣りしていなかった。
最後、関本のジャーマンを踏ん張りマットをつかもうとする崔の表情は恐怖そのもので、関本はその状態から強引にひっこ抜きジャーマンで3カウント。
崔、試合後まったく動けず。
やはりプロレスにはどこかで「恐怖」がないと説得力も感銘も生まれないな、と強く思った。

○KAMIKAZEvs佐藤耕平
 
『』の人はいつのまにかローマ字表記になっていた。
見た目は変わらないけど。
出場を直訴してきた火祭りも7年目にして初出場ですって。
ここまできたら一生出さない、っても面白かったと思うけど。

なんかやたらと会場の支持率が高い神風。
継続は力なりってことなのか。
だがファイトはなんとなくクネクネしたスタイルのまま、前の試合が残した熱気が徐々に冷めてきたところで神風の攻勢が始まり、けどやっぱり神風だなあ、ああ持ち技全部終わっちゃった、あとは耕平がジャーマンでカタを付けてVIVA!だな…と思ってたら変な丸めこみで勝ってしまった。
会場再び爆発。
ゼロワンの客は優しい。

○大谷晋二郎vs真壁刀義

真壁はデビューの頃の師匠が大谷だったとかで、それっぽい煽りVTRあり。
けど「もう今は知らない、昔世話になった人、ただそれだけ」とそっけない真壁。
対する大谷「真壁刀義という男は知らない。俺が知っているのは真壁伸也(デビュー時のリングネーム)」。
なかなか良いストーリーだ。

開始まもなく、真壁のセコンドの本間が手を出し、大谷を場外に引きづりこみ流血させる。
ブサイクながらWXがあれだけ奮闘して、山川は身体が戻らないまま苦労しているというのに、おまえは大日本にあれだけプッシュされて大きなケガもないというのになんだこのていたらくは、こんな三流小悪党で終わるために大日本を出たのか、と思うと怒りの気持ちが沸点に達し、「本間手出すんじゃねえー、なんだおまえはー、ふざんけんなー」と本気でヤジってしまう。
実際本間へのブーイングは多かったけど、多分会場にいた誰よりも私が怒っていたと思う。
あと一歩で「小鹿と登坂に謝れ!」とか叫ぶところだった。

でまあそんな感じで、真壁がヒールファイトを続けているところ、中盤になってまた本間が加勢しようとする。大谷はフラフラ。会場からまたブーイング。

そこで真壁が本間に「(この試合に)お前は下がってろ、手出すな」のポーズ。
途端に沸く会場、沸き起こるマカベコール。
いいなあ悪い人は。ちょっといいことするとすぐこれだ。
金髪ロン毛の香水臭いアンちゃんが電車でバアさんに席譲ったみたいな。

そこから大谷と真壁が1vs1で闘うも、最後は真壁のキングコングニードロップで完璧な3カウント。
まあ去年は永田に勝ったりしてるしなあ。こんなもんか。
逆に大谷の衰えを随所で感じた。
かつて「俺のドラゴン(スープレックス)は1試合に1回しか出さない。それだけ大事な技なんだ」って言ってたドラゴンを簡単に3発ぐらい出してるし、しかもまたそれがちゃんと投げれてないからフニャっとしてあまり効いて無さそうだし。
肩が悪いらしいがこの説得力の無さはメインレスラーとしては深刻だ。
しかし、田中も肩、大谷も肩。
橋本の古傷が団体にそのまま残ってしまったかのようだ。


○田中将斗vs中西学

またまた煽りVが秀逸で、ZERO1に乗りこんできた際「2月」と「12月」を言い間違えたり、なぜか目の前にいるにもかかわらず控え室の方に向かって「大谷出てこい」って言ってみたり、そんな中西にこのまま地球は沈められてしまうのではないか、行け!田中!地球を救え!みたいなVTR。アホでいいなあ。

しかし実際中西のアホっぷりはさらに拍車がかかっており、田中をアルゼンチンに抱えたまま意味もなく客席を徘徊してみたり(ずっと担いで疲れたのか、投げることもなくそのまま降ろした)、コーナーのそばに田中をスラムで投げるとわざわざ遠い方のコーナーに登って考えてるあいだに起きてきた田中にクルクルパーのゼスチャーのあと投げられてみたり、やっとアルゼンチンにかついだものの調子に乗ってグルグル回してたら田中の足がレフリーにぶつかってみたり。
そのたびに客席から
「中西、なにやってんだー!」
「中西、もうあまり考えるな!」
「中西、自分のせいだ、あきらめろ!」
と的確なヤジ、というかツッコミを送っていた南側客席のあなた、あなたが今日のMVPです。

で、そんな中西に手を焼きまくってた田中、結局仕留めきれず時間切れドロー。
けど15分くらいから中西の方はハッキリ「時間切れ態勢」になってましたよね。
相変わらずヘタだなあ。

ということでリーグ戦初戦を終えたわけだが…。

http://zero1-news.blog.players.tv/article/17370725.html

どう見ても決勝は田中vs真壁だよな。
まさか大谷vs中西ってことはないだろうし。
個人的には2年連続準優勝に留まっている崔か、試合内容では去年ぐらいから実質一番の関本のどちらかに優勝してほしいけど。

それにしてもZERO1の客は熱い。
今では新日本にすらいる、「何、今日はどんなブック見せてくれんの?」みたいな斜に構えたファンがかなり少ない。
それもまあ関本と崔の試合みたいの見せられたら納得する。
あのレベルの試合を毎回見せられたら、それは5000円は高くない。

しかし明らかに試合順悪いよな。
田中はともかく関本、崔、耕平あたりをメインにして大谷は今の蝶野ぐらいのポジションにした方が観客が満足して帰れると思うけど。
どうでもいいけど私はあの「スリー、ツー、ワン、ゼーロワーン、ウ〜MAX!」って一緒にやらされる、あの締めがかなり嫌いです。
強制されるのは嫌いなのです。
「ECWコール」や「ゼンニッポンコール」は自然発生だから美しかったのですよ。

リングサイド プロレスから見えるアメリカ文化の真実

副題だけ見るといかにも町山智弘あたりが書きそうな軽いコラムっぽいが、原題が"A History of Professional Wrestling in America"というだけあって内容は重厚な歴史書である。

レスリングというものがいかにして誕生し、現代にまで連なっているのかが記されてある。

レスリングの発祥から話は始まるので、前半部分は「1890年、○○(地名)で××(人名)と△△(人名)が闘い〜」といった教科書的な記述が続く。
まったく知らない人名が次から次へと登場してくると、読書のモチベーションは低下するのだということを改めて知る。

とはいえ本書で明かされる歴史的事実はどれもみな興味深い。
たとえば第一次大戦前後にはタッグマッチの誕生、プロモーターという職種の誕生、そしてシュートからワークへ、という現代のプロレスの根本をなすものがほとんどこの時代に作られている。
同時に二度に渡る大戦、メディアの発達といったアメリカ社会の変化がいかにプロレスに影響を与え、同時にアメリカ社会の縮図を内包して表現されるのがプロレスである、といった両者のインタラクティブな関係についても著者は重点を置いて書いている。
日本のプロレスに関する記述はほとんど出てこない。
せいぜいグレート東郷に代表される「蔑視される対象としての日本人ヒールレスラー」の存在と、WWEのハードコア路線の陰にはECWがあり、その背景には大仁田厚のFMWがあった、という程度。
また、アメリカ国内でのキャッチレスリングの発展とヨーロッパプロレスの関係、隣国メキシコのルチャ・リブレが与えた影響などについても触れられてはいない。
このあたり「世界はアメリカだけで回っている」というアメリカーナな思想が著者にも及んでいる、というのはうがち過ぎな見方だろうか。
しかしアメリカ国内に限定しているとはいえ、「プロレスの歴史」をここまで学術的にまとめた本は他にないだろう。
おおざっぱに言うと、アメリカにおけるプロレスの歴史はプロモーターの歴史である、というのがよくわかる一冊。

なお本文中には言葉の翻訳の仕方についておやっと思う箇所が多々あった。
おそらく原文では"wrestlimg"という言葉にしかなっていないものを、訳者がその都度「プロレス」「レスリング」という風に訳し分けていると思うのだが、「ここは“プロレス”じゃ変じゃないかな」という部分が何箇所かあった。
また、文中「ホールド」と出ているのは原文の"hold"をそのまま流用していると思われるが、これは「技」と訳すべきだろう。
レスラーが試合することを意味する「プレイする」も「ファイトする」「リングに上がる」などと訳してほしい。
原書のニュアンスを残すのも重要だが、読みにくければ意味がない。
たぶんプロレスに興味がない人が訳してるんだろうなあ、と思って訳者あとがきを読んだら案の定そうだった。
たいして興味もないんだから『最後にこの本をジャイアント馬場さんに捧ぐ』とかとってつけたように書くなよ。
きっと葉巻くわえたまま「そりゃどうも」としか言わないよ。

ちなみに日本では12〜13年前にベースボールマガジン社が発行した「日本のスポーツ史」というシリーズの中に「プロレス」というのがあったぐらいで、同様の本は発行されていない。
力道山と日本プロレスのことはロバート・ホワイティングの「東京アンダーグラウンド」にいろいろ細かいことが書いてあるが、その後の歴史も加えた本を誰かに書いてほしいものである。
まあ、誰が書いても揉めるから難しいんだろうけど。

四天王プロレスFILE 〜至高の闘いの全記録〜



四天王プロレスFILE 〜至高の闘いの全記録〜

週刊プロレス 別冊盛夏号
2008年 6月25日発売
A4変判
定価 1,000円
週刊プロレス
創刊25周年記念シリーズ(2)
CONTENTS★巻頭コラム 〜四天王とはなにか?〜
【ピックアップバウト】
<1>1993年 7月29日 三沢光晴vs川田利明
<2>1995年 1月19日 川田利明vs小橋建太
<3>1997年 1月20日 小橋建太vs三沢光晴
<4>1993年 6月 1日 川田利明&田上 明vs三沢光晴&小橋建太
【四天王インタビュー】
★三沢光晴 「プロレスをダメにしたとは思っていない」
★川田利明 「充実感のバブル時代だった」
★田上 明 「3人に後れをとりたくなかった」
★小橋建太 「絶対プロレスにたどりつくための7年間」
<インタビュー後記>
★三沢光晴編 〔市瀬英俊〕
★川田利明編 〔鈴木 健〕
★田上 明編 〔鶴田倉朗〕
★小橋建太編 〔宮尾健史〕
<四天王語録>
三沢語録/川田語録/田上語録/小橋語録
【特別インタビュー】
★秋山 準
★和田京平
★若林健治アナウンサー
★丸藤正道&KENTA
★スティーブ・ウイリアムス
【食らいついた男たち】
(1)渕 正信
(2)菊地 毅
(3)浅子 覚
(4)本田多聞
(5)井上雅央/志賀賢太郎/泉田純至
(6)大森隆男
【外から見た四天王】
(1)蝶野正洋
(2)高山善廣
【四天王史】
★1993年 ★1994年 ★1995年 ★1996年 ★1997年 ★1998年 ★1999年 ★2000年
★“四天王”厳選フォトグラフ
★四天王前夜を振り返る
★ガイジン四天王との早分かり星取り表
★ババさんのコトバ
★若林アナウンサー実況語録
★ファンが選ぶベストマッチ!
★四天王記録集 〔1993年 5月〜2000年 6月〕
★四天王記録あれこれ



久しぶりに週プロ関係の本を買う。
しかし最近「週プロ25年回顧録」とかそんなんばっかだな。売れないんだな。

「四天王プロレスのベストバウトは?」とファンにアンケートをとったところ93年7月29日の三沢vs川田戦が一位だった、という結果に少し驚く。
絶対97〜98年あたりにやってた三沢vs小橋のどれかだと思ってた。
で、言われて初めて気が付いたがその93年7月の三沢vs川田戦は「川田が三沢の敵に回って初めての対決」だったそうな。
あの試合での終盤の三沢の投げっぱなしジャーマン3連発こそがいわゆる「四天王プロレス」の幕開けだった、そんなことが書かれている。
言われてみればどれもみなうなずける。
あの試合で「三沢vs川田」というブランドが生まれたというのもあるだろうし。

しかしもう10年以上前の検証本なのに一冊通じてほとんど暴露話がない。
せいぜい三沢が「川田と小橋がやるときは、正直『小橋がんばれ』って思ってたよ」とかそんなことを言ってるぐらいで、そういう姿勢もいかにも全日本系というか、さすがだ。
田上なんか「もうみんな忘れちゃったなあ」とか言ってるし。

いまだ四天王プロレスが伝説として語られるのは、単に頭から落とす技の攻防が凄かったということより、「誰もやっていなかった、やれもしなかったプロレスのスタイルを始めた、作り上げた」という部分が大きいと思う。
いま丸藤やKENTAがやってる試合はある部分で当時の四天王プロレスをはるかに凌駕しているが、当時ほどのムーブメントにはなっていない。
これは単に「観客がその前に似たようなプロレスを見てきているから」という一点にすぎない。
鶴田vsニック・ボックウィンクルがメインだった頃に今のNOAHの試合をやったら大変なことになっている。

そうやって考えてくと、結局前に進むしかないんだと思う。
TAJIRIやTAKAがWWEのメリットを説いてクラシカルなスタイルへの懐古を目指しているが、無理じゃないかなあ。
四天王プロレスを突き進めて作ったのがたまたまクラシカルなものに近かった、なら上手くいくかもしれないけど、どうもやってること見てると「戻す」のが優先されてるようだし。
そう考えると結局先に進んでるのは「マッスル」しかない、って結論になっちゃうんだけど。

で、私個人の四天王プロレスベストバウトをひとつ選べといわれたら難しいんだけど、97年チャンピオンカーニバル決勝の三沢・川田・小橋の巴戦ではないかと。
当時ホントに「狂ってる」って思った。馬場が。
「馬場は選手にここまでやらせて、明らかに狂ってる」と恐ろしくなって帰途についた記憶がある。
もちろん馬場が指示してやらせてはいないんだろうけど、これはもう間に入って止めるべき危険領域だろ、という思いが消えなかった。
その意味でこの本に出てくる秋山準の「(四天王プロレスのスタイルは)やりたくなかったけど、やらざるをえなかった」という言葉は重い。

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